アメリカのアカデミアにおける履歴書の意義

未発表)

バージニア大学生物学部

川崎雅司

アメリカのアカデミアでは、推薦書が果たす役割が非常に大きい。大学院の入試、サマーコースへの応募からポスドク、全てのレベルの教授の選考、さらには、学科長、学部長などの選考にいたるまで、あらゆる機会に推薦書が頻繁に交換される。私もこれまでにたくさんの推薦書を読み、また書く機会があったが、文化の違いを感じさせられることが多い。推薦書は形式的なものではなく、あからさまな事実が淡々と述べられることが多く、読み手もこれを真剣に分析し、就職や昇進等の際の非常に大切な資料となる。推薦書は、候補者の採用・不採用を決定する権限をもつ者に、正確な情報を与え決定の助けをするためのものである。良い推薦書とは、第一に内容がinformative、つまりそれを読んだことで読まなければ知りえなかった有用は情報が読み手伝わるようなものでなくてはならない。推薦書には、基本的には、良いことも悪いことも正直に書かれているべきものである。読者は少なくとも行間からそれを読み取ろうとする。

読者の中にも、アメリカ向けの推薦書を頼んだり、頼まれたりする機会があるかもしれない。推薦書を頼む場合は、まず良い推薦者を選ばなければならない。良い推薦者の条件は、被推薦者とその人の能力、成績、業績、人格を良く知っていることである。権威のあるものに推薦書を書いてもらおうとする傾向は、アジアの学生に特に強い(英語で推薦書を書ける人を探すと自動的にそうなるというファクターもあるのか?)。しかし、被推薦者をどの程度知っているのか疑わしいような、学部長や研究所の所長などからの推薦書は、良くても無視されるだけである。自分について、ポジティブで実質的な評価を率直に書いてもらえる推薦者を人間関係や権威などに縛られずね選ぶべきである。喜んで引き受けてくれる人は、大概良い推薦書を書く。推薦書を書いてくれる人を探しているのですがと言って、反応を見るのも、上手な推薦者の探し方かもしれない。推薦書を書いてもらうことが決まったら、推薦者には、推薦書を書く上で手助けとなる情報を渡すのが良い。なんのために応募するのか、合格(就職)したらどうしたいのか等を履歴書とともに添えてあると、書き手には便利である。推薦書を依頼された側は、公平であろうとするし、時として書きにくいことをも書かなくてはならない。良い(informative)な推薦書を書くのは、相当の労力を必要とすることを、依頼する者は理解しなければならない。十分な時間的余裕をもって頼むのが良い。

推薦書を書く側になった場合には、次のようなことが参考になるかもしれない。推薦者がどの程度被推薦者を知りうる立場にあるのかが第一バラグラフで明確に書いてある推薦書をよく見受ける。これは、以後に述べられていることの信憑性を明示するもので、読者に安心感をあたえる。「Mr.xxは私が教えた学部3年次の20名ほどの実習コースにいた」、「私は、博士課程4年のMs.xxの指導教官」、「過去30年にわたって公私ともに親密な関係で共著論文が10編」のように具体的に関係を明示するのがよい。内容は、あくまでも被推薦者の能力や性格の長所や欠点を公平に述べるべきである。正しくないコメントはすぐに間違っていることがわり、非推薦者が非難されることになる。「独創性があるが手先は器用とは言えない」、「議論が上手だが独立して仕事ができない」とか、「○○に関しては知識が豊富だが、××に関してはあまり知らない」など、読み手には参考になる情報である。また、推薦者の示す判断の基準となるものを明確にするのもよい。「非常に良く出来る学生」より「過去20年間の××大学における私の教務経験で交渉のあった約30人の大学院生の中で上位2人に入る」の方がよりinformativeといえる。また「この学部4年生は機械に強い」より「この学部4年生は、僅かの間に共焦点顕微鏡の使い方を完全にマスターした」の方が実質的な情報と言える。また被推薦者に関する逸話のようなものが挿入されていることも多い。実験室で他のメンバーと喧嘩になってしまった時の喧嘩の理由とか被推薦者の言動とか、その後それをどのように処理をしたとか、セミナーの時によくこういった発言をするとかいったことは、その人を非常によく表す。良い推薦書は読者が判断を下す助けとなる多くに事実が包み隠さず書いてあるものだろう。学部学生のサマーコース用とか大学院入試用の推薦状では、概ね1ページ程の長さであるが、テニュア審査用や教授の就職審査用の物となると、小さなフォントで3ページぎっしりという長大なものも見かける。このような推薦書は、論文の分析や、業績の意義、学会におけるプレゼンス等が綿密に述べられている著作物で、書き手の能力をも表す。

アメリカらしい話として、推薦状を被推薦者が見る権利があるか言う問題がある、州によっては、この権利が明確に認められている。学生のために大学院入試等のための推薦状を書く場合には、用紙にこの権利を放棄するかどうか、yes,noをチェックする欄がある。ほとんどの学生が、放棄するが中には放棄しない者もいる。もちろん、放棄してくれた方が気持ちよく推薦状を書けるが。教授職のための推薦書でも、"He has an abrasive character"(粗野で人を傷つけやすい性格だ)などという、相当はっきりした否定的コメントが述べられているのを見たことがある(性格以外の業績等の点では、ベタ誉めであったが)。まれなケースとして、このような手紙が原因で就職の機会が失われたとして、裁判に訴え出るも者がいるらしい。自分の書いた推薦状が法廷に持ち込まれないように、否定的なコメントを巧みに書く技術をまとめたものが流布されていて、これには笑ってしまう。およそ仕事をしない人間に対するコメントとして、"In my opinion, you will be very fortunate to get this person to work for you",または、"I'm pleased to say that this candidate is a former colleague of mine".