アメリカ暮らし雑感(4)

研究者の流動性と賃金格差

バージニア大学生物学部

川崎 雅司

「比較生理生化学」 vol 18:p.119 (2001) より

 

 よく言われることであるが、米国の社会では人員の流動性がきわめて高い。人々は、一箇所に留まることなく生き、住む場所や職をよく変える。ある統計によると、アメリカ人は一生のうちに平均で14回も引越しをするそうである。この、土地や特定集団に縛られない生活をするアメリカ独自の文化は、アカデミアにもよく顕れていて、ひと所に長く留まることは良くないという考えが随所に見られる。例えば学部学生が同じ大学の大学院に進むことは、余程の事情がない限りあり得ない。研究室でのポスドクの入れ替わりも激しい。日本からポスドクとしてアメリカへ来て、3年経ったら研究室で一番の古参になってしまっていたというような体験をされた方も多いのではないだろうか?テニュアを取得した後でも, また、学部やSchoolの長、或いは学長のような高い地位にある人達でもこの流動性に関しては変りがない。
 その意味ではバージニア大学生物学部も、研究者の流動性を示す良い例ではないかと思う。私がここに就職してからの10年間に、合計約30あるassistant, associate, full professorのポジションのうち17のポジションで、欠員が生じた。このうち8つは定年によるもので、残りの9件は、他大学や企業からの引き抜き、大学内の他学部への異動であった。全ての欠員について、ただちに新しい人材が外部から異動してきた。定年のケースを除いても、二人に一人が入れ替わったことになる。 
 アメリカではどうしてこのように、人の異動が多いのだろうか?一言で言って、教員の多くは常に心のどこかで、学外のより良いポジションに移動する可能性を考えている。理由はいろいろある。大学の待遇(教務の量や学生の質)に不満があるとか、もっと大きな研究スペースが欲しいとか、また家庭の事情で、別の都市に引越したいという希望を持つこともある。だから、他大学の募集案内にはいつも目を光らせていて、これはと思うと応募する。前々回、就職の話の中で触れたように、ポジションへの応募は異動の覚悟とは別に行われることが許されているので、どんなことになるか出してみようという軽い気持ちで他大学に応募してしまうことも結構あるようである。求人側にしてみればおおいに迷惑であろうが、ひどい事だという議論には、なぜかならない。個人の自由と権利を最大限に尊重する国柄である。しかし、さずがに現職の教員が外部に応募するときは皆秘密で行う。将来関係が生じることになるかもしれない未知の相手とデートの約束をするようなものだから、配偶者に匹敵する自分の学部に内緒にするのは、あたりまえと言えばあたりまえである。だから、推薦状を学部内の同僚に書いてもらうこともない。
 しかしながら、万一オファーを貰ってしまうと、ここで事情が一変する。オファーを受けると同時に、秘密は堂々と明るみに出される。本人からChairmanに「お話があります。実は・・・」と報告されると、ただちにEメールで教員全員に通知がまわる。このメールには、同僚が外部で高い評価を受けたというお祝いのムードがある。廊下で会えば「おめでとう。よかったねえ」と皆で祝福し、chairmanは即座にdean に連絡を取り、対応を協議する。対応とは、より良い条件のカウンターオファーをして引き止めることである。他大学にすんなりと教員を渡してしまうことはない。どれだけのカウンターオファー(昇給やスペースの拡大)ができるかが、学部の質を維持する能力として外部から評価されるし、カウンターオファーは、去ろうとしている人物を学部がどれだけ高く評価しているかという具体的な証しともなる。オファーを受けた本人は、新しいポジションとカウンターオファーの上乗せされた現在のポジションのどちらが良いかをここで選択する。ただし、オファーがランクの下の大学から来た場合には、外からより高い評価を得たという解釈は成り立たず、カウンターオファーは行われない。
 カウンターオファーは必ずしも昇給やスペースの拡大だけではなく、ランクの昇格もあり得る。当学部で以前、テニュア審査が始まったばかりのassistant professorがある一流校からオファーを受けてしまい、テニュア審査の過程を免除しassociate professorに無条件で昇格させるというカウンターオファーをして結局引き止めたことがある。また私の知る例では、あるアイビーリーグのassociate professorがカリフォルニア大学の権威あるポジションに内緒で応募したところ、インタビューでjob talkをする寸前になって本人の大学に知られる結果となった。するとこのassociate professorの所属する有名校は、「ただちに応募をとり下げるなら、即日教授に昇格させる」というカウンターオファーをこの段階で出した。彼はjob talkをキャンセルし即刻 full professorとなった。
このようなことが起こる背景には、学内の者であっても、つねに学外の、学界というより大きな世界に所属する人間であり、その価値は外部の評価に大きく依存しているので、外部の評価が上がればより大きな報酬や高い評価を学内でも与えるべきだという考え方があるのだろう。教員僅か30名の当学部でも、過去10年間に外部からオファーを受け、去ることになった者が4名、最終的に留まることになった者が2名いた。このうち1名は外部から2度もオファーを受けた。カウンターオファーで提示される昇給は、普通プラス20%程度だが、状況次第でもっと大きくなることもある。私の友人の教授(バージニア大学ではない)で、プラス100%(給料倍増!)のカウンターオファーを提示された者もいる。大学にしてみれば、引退するまでの残りの給料を全部引き上げるのだから、大変な出費になる。
 定年や他校からの引き抜きによって生じた欠員を埋めるため、新しい教員が採用される訳であるが、新しいポジションは、tenure trackのassistant professorと決まっているわけではない。場合によっては二つのポジションをひとつにまとめて給料の多い教授を一人取ろうとか、いや若手2人がいいなどと、教授会で盛んに議論される。大学の上層部は教授会の決定を認可する、むしろ受動的な立場である。
アメリカでは就職の際の交渉や、上に述べたカウンターオファーによって、同じ年齢・同じランクの教員の間でも、給料の格差はかなり大きくなる。またfull professorを外部から引き抜く交渉では、非常に高額な給料を説得の道具にするケースが多いようである。給料が横並びでないという事実が、教員の間に不平等感や不満を生じさせるどころか、より良い条件を得るために仕事をするインセンティブになっているところが、いかにもアメリカらしい。
ところでバージニア大学では、教官・ポスドク・テクニシャン等、職員2,934名全員の実名、役職、所属、そして給料が、ウェブページに公開されている。これによると当生物学部の給料の範囲は、full professor が$60,000〜$185,000、associate professorが$55,000〜$98,000、assistant professor が、$33,000〜$68,000、ポストドクが$30,000〜$45,000となっている。ちなみに当大学の長者番付第一位は、医学部教授の$380,000、学長の給与は$300,000、ポスドクの最高が$69,000である。大学間の給料格差もかなり大きい。全米の大学教員の給料は、全米大学教授協会のホームページ注4)で閲覧できる(個人名は載っていない)。

 数回にわたって私のアメリカ生活の雑感を述べさせていただいた。「アメリカでは」という言い方を随所でしてしまったが、何事に関しても偏差が大きく平均値というものが見えにくいのがアメリカである。ここで述べたことは、あくまで私の特殊な体験に基づいたものであることをお断りしなければならない。ただ、アメリカのアカデミアに漂う雰囲気を読み取っていただければ幸いである。

注1)グラントの金額が直接経費のみをあらわしているのか、直接経費及び間接経費の総額をあらわしているのかは、役所によって異なる。通常NIHのグラントは間接経費を含まない金額、NSFのグラントは間接経費を含む金額で示される。


注2)http://www.virginia.edu/~budget/


注3)日本の大学院と違い、アメリカの大学院では大学院生に給料 (stipend) と授業料 (tuition) の両方が支給される。大学院生が支払うのではない。バージニア大学生物学部では、学業の進歩が認められる限り年間$18,000の給料が学位取得まで支払われる。どこの大学でも給料は必ずもらえるが額には多少の差がある。授業料は、1年次と2年次には、コースを沢山とる必要があるので毎年$18,500が必要だが、これも学部が(学生に代わって)大学におさめる。3年次以降は授業料は安くなる。最短でも学位ひとつあたり$130,000(約1600万円)が必要となるが、このうち60%程度を研究室のボスが負担することになっている。


注4)http://chronicle.com/free/v45/i33/stats/4533aaup.htm