アメリカ暮らし雑感(3)

グラント

バージニア大学生物学部

川崎 雅司

「比較生理生化学」 vol 18:p.119 (2001) より

 アメリカの研究者がグラントのことで大騒ぎするのをよく耳にされることと思う。研究のための資金が必要なのは日本でもアメリカでも同じであるが、グラントのシステムは日米でかなり異なっている。
 アメリカの大学におけるグラントの最も大きな特徴は、いわゆる間接経費 (overhead cost)の制度である。間接経費とは、研究者個人が研究に使う経費(直接経費)とは別に、グラントを支給する側(所轄官庁等)が大学(あるいは所属研究機関)に支払う経費を指す。グラントの申請と審査は直接経費のみを対象に行われ、受賞が決定すると一定の割合で自動的に間接費が上乗せされる注1)。間接経費はかなりの額になり、大学はこれを大学及び学部の運営に使う。研究者自身は間接経費の使途について全くコントロールできない。このシステムは、第二次世界大戦中に軍需産業を急成長させるために考えだされ(受注品の生産コストに間接経費を上乗せして、軍需工場が設備投資等に利用できるよう便宜を図った)、その後、大学等のグラントにも適用されるようになったと聞いている。直接経費に対する間接経費の割合は大学によって異なり、公立大学と私立大学の全米平均がそれぞれ48%、61%である。極端な場合、100%(直接経費と同額)かそれ以上になることもある。米連邦政府は、毎年約100億ドルを研究・開発用グラントとして拠出するが、実にその三分の一が間接経費であるというから半端な額ではない。ちなみにバージニア大学の本年度の歳入5億8千万ドルのうち、間接経費は1億7千万ドルを占め、授業料収入・州からの歳入を上回り第一位となっている注2)。間接経費は、主に一般運営費(事務職員の給料等)、図書館費、電気・空調・水道等の設備費や維持費として使われる。
 グラントがもたらす間接経費は、事実上大学運営の主要な資金源であり、グラントを持っている研究者は、自分の能力が資金面で大学に貢献しているという意識が強く、大きな顔をしている。逆に、不幸にしてグラントが取れない場合には、自分の研究室で使う電気や水道といったインフラですら、他人のグラントの間接経費に依存しているという引け目を感じさせられることとなる。心理的な引け目だけでなく、間接経費で大学に貢献できない分、より多くの教務を行うことで直接的に貢献してもらおうという考え方があり、実際に教務等のサービスをよりたくさん引き受けるという大きなマイナス(研究にとっての)を被ることになる。今年グラントが取れなかったから来年は授業をひとつ余計に担当してくれとは言われないが、3年間もグラントがとれなかったら確実にこういう結末となる。教務が増えてその分研究に使える時間が減り、ますますグラントが取れなくなってしまうという悪循環に陥ることを研究者は皆恐れている。
 さらに、アメリカのグラントは給料にも直接影響がある。アメリカには9ヶ月報酬システムを採用している大学が多く、このシステムでは、大学からはそもそも1年のうち6〜8月分を除いた9ヶ月分の給料しか約束されていない。グラントがとれた場合にのみ、夏の3ヶ月分の給料をそのグラントから(自分に)支払って良いという訳である。つまり、グラントが取れれば年収は33%アップする。ここには、グラントを取ることを奨励し、間接経費を稼ごうとする大学の思惑がある。給料33%の差は大きい。皆このためにもがんばってグラントを書く。このように、アメリカでグラントを取得することは、研究費を確保するという以上の、大きな意味があるのである。
 グラントが重要であるもう一つの理由は、研究室の人員の給料もグラントから捻出しなければならない点である。基本的にアメリカでは、大学に就職して自動的に与えられるものは、研究スペースと本人の給料だけである。実際に研究を進めるには、研究室内部を物理的に研究可能な空間に仕立て上げ、そこで働くメンバーは自分で確保しなければならない。技官やポスドクは勿論、大学院生にまで給料を出さなければならず、このための財源は、グラント以外には無いのである。大学からの研究に対する直接の補助は一切無いか、あってもごく僅かである(前々回述べた就職の際の支度金は例外)。
 人件費は大変高くつく。仮に、技官やポスドクに一人当たり年間4万ドルの給料を支払うとすると、4万ドルの基本給のほかに、本人には渡されない社会保険や健康保険の事業者負担分がプラス25−30%、さらにこの総額に対して先に述べた間接経費が40−60%かかり、合わせて一人8万ドル近い出費となる。技官とポスドク計3名なら、これだけで年間24万ドルである。さらに、研究者本人も先に述べたように給料が必要で、大学院生にも年間1万8千ドルの給料(これも保険や間接経費で倍近くなる)を出さなければならない注3)。これらの全てをグラントでまかなうのである。NIHの標準である5年の研究期間を考えると、一件百万ドル(約一億2千万円)のグラントでも決して十分ではないことがわかる。このように、グラントは研究機材や材料費のみならず、人件費をまかなうという意味が大きい。
 私も、assistant professorに採用されてすぐにグラントが必要となった。NIHのR−29という、新人専用のグラントに応募することにしてみたものの、研究計画の部分だけでも25ページもある申請書を、一体どうやって書いたら良いのかさっぱりわからなかった。申請書には、研究の目的、背景、目的が達成された場合の意義や重要性、予備実験の結果、具体的な研究予定、落とし穴をどうやって回避するか、さらに人件費や設備費の必要性を詳しく述べる訳であるが、正直言って私にはこの種のトレーニングが全くできていなかった。アメリカでは大学院生も早い時期からグラントを書く練習をする。例えばバージニア大学の生物学部では、大学院生の資格審査試験の筆記の部分をNSFのグラントの書式を使って提出させる(予算の部分を除く)。私の場合は、生まれて初めてグラントというものを書き、同僚に手直ししてもらって苦心惨憺なんとかまとめて提出したが、47パーセンタイルという悲劇的な点数で見事落選、かなりの時間と労力を費やしたのに結果が伴わなかったので、大変がっかりした。
 有難いことに、失敗しても何回でも再申請できるのがアメリカらしいところである。NIHやNSFにグラントを申請すると、pink sheetとよばれる審査結果を記した評価書が送られてくる。NIHの場合、主査が20人の審査官の意見をシングルスペースで3〜4ページにまとめたかなりがっちりした意見書で、グラントの長所短所が的確に述べられている。NSFでは、10人程度の審査官全員がそれぞれ1ページの所見を書き、その全てが申請者に送られてくる。グラントの欠点が細かく具体的に指摘されていることが多いので、再申請する際にはこれらのコメントを綿密に分析して書き直す。私の場合は、指摘された欠点を訂正したり削除したりしたところ、幸いにして2回目は評価点が6.8パーセンタイルに上昇し、R29を貰うことができた。日本でも一部でこのような、不採用の理由を公表することが現実化しているという話も聞く。グラントを書く側にとってはすばらしいことであるが、審査しコメントを書く側には大変な労力が必要である。
 アメリカならではのグラントに、Research Career Development Award (RCDA, 俗に career award) という、人材養成のためのグラントがある。これは、特定の研究成果を目的とするものではなく、研究者の育成を目的として、assistant professorあるいはassociate professor個人に与えられるグラントである。具体的には、このグラントが、本来は大学から支給されるはずの給料を肩代わりするのである。これにより、大学に対する教務とサービスの義務が免除される。このタイプのグラントでは、申請の段階で、すでに研究を遂行するための別のグラントを持っていることが条件となる。大学側は、申請書の中で、このグラントが取れた場合には少なくとも80%の教務とサービスを免除することを確約しなければならない。大学は、給料を払わないことで浮いた資金で、別の人材を短期的(5年間)に雇用し、この一時雇用者が、本人に替わって授業を分担したり、委員会などのサービスを行う。大学としては、あまり多くの人間がこのグラントを貰ったのでは学部の運営が成立しなくなるため、ごく少数の人間しかそもそも申請することが許されない。私は幸いなことに、1995−2000年までの5年間、NIMHからこのcarrier awardを貰うことができたおかげで、毎年秋の学期に教えることになっていた定員150名の‘Introduction to Animal Behavior’という授業と、約30名の学部学生の進路指導、それに全ての委員会活動の公務が免除された。

注)若手研究者への競争的研究資金の日米比較は、文科省科学技術動向研究センターの伊藤裕子氏による報告書に詳説されている。(読んでみる)