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「電気魚が解き明かす超短時間感覚のメカニズム」
ある種の電気魚は、混信回避行動という電気的な行動をする際に、一千万分の一〜百万分の一秒という短い時間を感じることができます。 この、超短時間感覚の神経機構の研究は、昨年度より科学技術振興事業団の「さきがけ研究21」によりサポートされています。ここに、申請書の一部を公開します。
研 究 構 想
生体はいったいどれほど高速の現象を認識することができるのだろうか? 最近、人を含めた様々な動物種の感覚系が、百万分の一秒程度の時間を感受できるという驚くべき事実が明らかになってきた。本研究は、このような時間に対する超高感度を実現する神経機構を解明することを目標とする。材料には、鋭い時間感覚を持ちそれを行動に利用している、電気魚を用いる。
《本研究提案の背景》
神経系を構成する神経細胞における時間的最小単位は活動電位とシナプス電位であるが、これらはいずれも10-4〜10-3秒の単位で起こる現象である。個々の神経細胞がはるかに大きなゆらぎを示すにもかかわらず、個体全体の能力として高い感度が得られるのは、多数の神経細胞の総合的な相互作用によるものと考えられる。本研究では、個々の神経細胞が10-5秒程度の時間の差を検出する「素過程」と、それをもとに個体全体として10-7秒の感度が達成される「連携」のメカニズムの解明を目指す。 電気魚の混信回避行動を司る神経回路は、信号の感覚系への入力の過程から発電周波数を制御する運動系にいたるまで、すでに詳しく研究されている。私は、アフリカ産の電気魚ジムナルカス(Gymnarchus niloticus)において、時間差検出が行なわれる部位を間脳に同定した(図4)。この回路への入力は位相型の感覚神経からのものであり、この感覚神経は、電気感覚刺激の一周期に対して一発の活動電位を出す。したがって、体の各部の信号のタイミングは、この感覚神経の活動電位のタイミングとしてこの回路の内側細胞層に表示される。内側細胞層には、これら入力のタイミングの差を読み取る「時間差検出細胞」が存在している。このように、時間差の読み取りが起こる神経細胞はすでに同定されているものの、肝心の時間差検出の根本機構については、これまで本格的に研究する機会がなかった。いったい、マイクロ秒もの精度をもった時間情報が、どのようにして時間差検出細胞内に提示され, 比較されるのだろうか?さらに、上位の神経細胞は、多くの時間差検出細胞によって読み取られたわずかなタイミングの差をどのように取りまとめ、感度を増強するのだろうか?
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《本研究のねらい》
本研究では、時間差検出の素過程 (ねらい1、2)と、その後につづく神経細胞の連携による時間差感度の増加の過程(ねらい3)に焦点をあてる。 ねらい1: 時間差検出の素過程を生理学的に解明する 時間差検出の素過程とは、2つの入力ニューロンの活動電位のタイミングの差が、神経細胞の発火頻度に変換される過程である。私は、この過程について次の仮説を持っている。即ち、個々の入力タイミングの情報は、時間差検出細胞内でシナプス後電位に一旦変換され、シナプス後電位の時間的ずれが何らかの機構によって検出されるというものである。シナプス後電位の性質を詳しく検証する。 ねらい2: 時間差検出機構の解剖学的基盤をさぐる 通常のニューロンと比べて、時間差検出細胞やその入力細胞にはどのような解剖学的な特徴があるのであろうか。ねらい1で発見されると予測される生理学的な特殊化(たとえば鋭いシナプス後電位)の解剖学的基盤を、電子顕微鏡レベルで調査する。 ねらい3:終脳−中脳間の神経回路における時間感度増加のメカニズムを同定する すでに述べたように、時間差検出細胞は、入力の時間差を細胞自体の発火の頻度に変換して出力する。これは、同じ情報がその担い手を乗り換える「コーディングのやり直し」(recoding)の例である。私は、「コーディングのやり直し」が、マイクロ秒単位の時間感覚の増強に重要な役割を果たすとの仮説を持っている。それは、コーディングのやり直しによって、時間情報の表示が活動電位のタイミングという物理的制約から解放されるので、多数の細胞の出力が連携することによって、さらに感度の増加が可能になるという考え方である。この仮説を検証するため、終脳と中脳の時間差感受性細胞で感度の比較を行なう。また、この2つの構造間でどのような信号伝達が行なわれているかを調べる。
《計画の実現可能性》
上記の実験は、技術的にはどれもすでに私が他の目的のために行なっているもので、実現の可能性は高い。ねらい1で使用する in vivo whole-cell 通電・記録法は、単一神経から、非常に安定した細胞内記録(1時間以上)ができる上、記録後に安定してマーカーを注入できるため、事後の解剖学的同定にも威力を発揮する。従来の微小電極法よりははるかに簡便であるが、それでも、十分なデータを得るためには相当の労力が必要である。ねらい1の達成には、12〜18ヶ月が必要とみている。ねらい2で用いる電子顕微鏡については、昨年(1998年11月)、NIMHからのResearch Scientists Development Awardを利用して横浜市立大学の蟻川健太郎助教授より技術を習得した。この部分の研究は探索的なものとなり、12ヶ月程度必要と考えている。ねらい1とねらい2の実験は、相補的なデータが得られることも期待されるので平行して行なう。ねらい3に必要な記録技術はこれまで使用してきたものと同じであるが、データの統計学的処理が必要になると思われる。ねらい1と2が達成された後、第3年次に行なうことになろう。
《本研究が与えるインパクト》
本研究は電気魚という特殊な動物のしかも混信回避行動という特殊な行動に関するものである。しかしながら、本研究は次の3つの理由により一般性の高いテーマである。 第一に、マイクロ秒単位の時間差感度は、電気魚の電気感覚系に限らず動物の聴覚系に広くみられるものでありながら、その時間差検出機構は未だ解明されていない。例えばヒトは、音源の左右の位置を、両耳に音波が到達する時間差によって知るが、この音源定位の精度は約1度であり、音波が左右の耳に到達する時間の差に換算すると約10マイクロ秒である。ところが、ヒトの聴覚系では、そもそも脳のどの部位でどのようにして両耳間の時間差が測定されてるのか明らかにされていない。電気魚においてマイクロ秒単位の時間差検出機構が明らかになれば、聴覚系における時間差検出機構解明の大きな手がかりとなり得る。 第二に、最近、神経細胞の発火のタイミングが高次脳機能にとって重要な役割を果たすという考えが脚光を浴びているが、この理論を成立させるための、発火のタイミングを測定する神経機構が未だ殆どわかっていない。もしマイクロ秒単位での時間差測定が可能であることが示されれば、この考え方にインパクトを与えることになる。 第三に、本研究はhyperacuity と呼ばれる現象の研究である。 hyperacuityとは、個々の感覚受容器の解像度からは説明のできない高感度が感覚系全体の性能として顕れる現象で、様々な感覚系で知られている。たとえば、ヒトの視覚系は視角にして2千分の一度だけずれた二本の直線を識別できるが、この感度は視細胞の配列間隔から類推される感度の約30倍である。ガラガラヘビの赤外線受容系が0.003度の温度変化を感じることができるのも、電気受容性のサメが、5×10−9 V/cm の極微弱電場を検出できるのもhyperacuityの例である。このような超高感度は、中枢神経系の多段階にわたる信号処理機構が連携することによって作り出されると考えられるが、その機構はほとんど明らかにされていない。 このhyperacuityのメカニズムは、今や工学の分野からも注目されている。ここに申請する研究は、電気魚におけるhyperacuityのメカニズムの一部を解明するに過ぎないが、将来の発展的な研究に大きな一歩を築くことになるものと期待される。
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